2008年05月22日

入院二日目

さすがに昨日は車で疲れたのと、駐車場が確保できないので電車で行くことにする。12:30近くには病院に到着。

だが、母親の容態が昨日とは大きく変わっている。平たく言えば、痴呆状態。

昼食を食べるものの、飲みこむ前に口に詰め込んでいる。また、きちんと口が閉じていないので、端からおかゆがだらだらとこぼれている。

痴呆状態は理解していたものの、さすがに身内がこういった状況になると、ショックだ。また、昨日から容態がここまで急変したのも、将来に対しての不安を抱かせる。

看護婦さんからは、今日放射線治療の先生との診断がある、と聞き、少し安心。昨日の主治医の先生の話では機械の都合もあるのでいつから始まるかわからないといった、何のための緊急入院と思わせるような発言があったので心配していた。

13:30過ぎに放射線治療の先生の診断。明日から始めるが、今日は事前の問診とのこと。

治療方針の説明と、副作用の説明があった上で、治療の同意をする。放射線が少しでも効いて欲しいと思う。
ただ、診断の最中も、母親は半分放心状態。病室に戻ってからも、挙動がおかしい。

左手に名前を書いたプラスチックのタグがまかれているが、気になるらしくて必死で外そうとしている。名前が書いてあるタグだから外せないよ、といくら言っていても聞こえている素振りはない。また、点滴の管も気になるらしく、テーピングで止めてあるのを外そうとする。

なかなか落ち着かない時間を過ごしたが、自分たちも食べなくてはということで、15:30に遅い昼食を取る。さすがにこれだけ不規則な生活をしていると、看病する側が倒れそうだ。特に父親はやはり気持ちが安定していないようで、食欲もあまりないようだから心配だ。

食事から帰ってくると、事件が待っていた。血圧を測ったところ、上が192もあるという。また、母親が自分で歩こうとしたらしく、看護婦さんも止めるに大変だったらしい。

そのため、夜寝る前の予定のグリセレブを前倒しで点滴して、少しでも脳の腫れを取る。それと同時にトイレに行くことが出来ていないので、尿の排泄がなかなか出来ていない。そのため、尿に管を通して、自動的に排泄されるようにする。ここでも、痛みからか相当暴れて大変だったということを後から聞いた。

18:00過ぎに、落ち着いたかを確認するために、血圧を測ろうとすると、ここでも大暴れ。血圧計で腕が圧迫されるのが嫌なのだろう。「もういい、もういい」とうわ言のように繰り返して、測らせようとしない。はたから見ると、完全に幼児化してしまっている。

主治医の先生と話が出来るということなので、19:30過ぎまで待つ。が、結局待って話をしても、これまでと同じ。唯一新しいことは、点滴を朝晩の2回ではなく、3回に増やす、ということだけ。やはり、脳外科で無いだけに、十分な説明が受けられないのは残念だ。

昨日と同じく病院を出たのは、20時過ぎ。ふぅ。


今日の母親を見ていて、よく「看護に疲れた」という理由で事件が起こってしまったりするけれども、その気持ちを垣間見る気がした。と同時に、昨日も同じやりきれなさを感じた。

私の中では母親のイメージはそのほとんどが怒っているものだ。小さい頃にはすぐビンタを叩かれ、お尻を叩かれ、今にして思えばストレスを子供に対する八つ当たりで解消していたのではないかと思うくらい。結婚する前にも大げんかをして、それ以来まっとうに話をする気がなくなってしまっていた。

そんなイメージを持っている人が、こんなに弱々しく、またきっと目前にいる私のことも良くわからないような状態になってしまったこと自体が、信じられない。もっと昔のように、怒りまくるくらい元気になって欲しい。


今となっては相当昔。私の子供がまだ赤ちゃんだった頃に、日々成長して行く姿、引っかき傷があっても翌日にはもう直っているその回復力に、生命の神秘のようなものを感じた。

今回、高々20cm四方も無いような脳の、ほんの極一部分が押されたりするだけで、昨日まで普通に話をできていた人が、今日は痴呆状態になってしまうという、その精密さに不思議さを感じる。

posted by esese at 20:33| 東京 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | 闘病生活 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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